☆7/4(日)ソフトバンク12回戦

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Bs 9-1 H
(ヤフードーム:30,343人)

勝:近藤3勝5敗
S:
敗:岩崎2敗

HR:(オ)山崎浩2号ソロ(7回,吉川輝)
   (ソ)

2010年通算:77戦中39勝37敗1分 勝率.513
パ・リーグ順位:4位
ソフトバンク:5勝6敗1分

交流戦成績:24戦中16勝8敗0分 勝率.667
交流戦順位:1位 ☆優勝☆

弔いの白星

みんなの気持ちが肩の喪章に表れた試合でした。

敵地の大歓声を突き抜けるほど,オリックスの近藤は捕手のミットを豪快に鳴らした。
渾身(こんしん)の直球を武器に10三振を奪い,8回1失点。
ようやく3勝目だが,ソフトバンクとは今季も相性がよく,
4試合で計30回1/3を投げて自責点は4。
「きょうは自分の与えられた仕事を意識しました」
 前日に選手寮の保谷寮長が急死した。
今は家族と暮らす近藤も
「寮の時はやんちゃばかりして迷惑を掛けていた。
食事はいつも隣の席で食べていたし,仲良くしてもらった」。
この日のチームは喪章を付けて臨んだ。
打線も近藤を援護し,天国の“育ての親”に1日遅れで勝利を届けた。
 近藤は「肩を壊した時に声を掛けてくれたのが保谷さんだった」と言う。
2001年に日大三高(東京)のエースとして夏の甲子園で優勝した右腕は度重なる故障を経て,
08年にやっと2けた勝利。
肩の負担を減らすため昨季途中からサイドスロー気味に変えた26歳にとって,
約1カ月半ぶりの白星は思い出深いものとなった。

近藤の記事のクローズアップ

 先発の近藤も,心に期していた。
今季最多138球で8回1失点に抑え,5月18日の広島戦以来の3勝目を挙げた。
近鉄から球団合併でオリックス入り。
2005年から2年間,寮で暮らした。
何度となく指導を受けた“問題児”は,食堂では寮長の隣が指定席。
右肩を痛めたときも2軍で苦しんだときも,“オヤジ”に救われた。

近鉄が消滅してオリックスのユニホームを着るようになってからは
生活の場が神戸の青濤館になり
2ケタ勝利投手になった近藤

影で支えてくれた口うるさい人のひとりだったんですね。

近ちゃんだけでなく打線も奮起

前日抑え込まれたオリックス打線が一回から奮起した。
カブレラの適時二塁打で先制すると,
二回は山崎浩の適時二塁打など6長短打を集めて一挙6点を奪った。
山崎浩は七回にも2号ソロを放ち
「昨日は自分のミスで1点取られ,それが決勝点になった。何とかしたかった」と話した。
 九回の日高の中前打で先発全員安打も達成。
岡田監督は近藤の好投が野手陣に好影響を与えたと分析し,
「ずっと先発が頑張ってるからこういう結果になる。そら理想よ」とご満悦だった。

T-岡田(二回に二塁への適時内野安打)
「ヘッドスライディングをしようか迷うほど必死に走った」

古川(九回を無失点)
「ストライク先行で行けた。(出身地の長崎から)きょうは友達と両親も見に来ていた」

清川投手コーチ(近藤に)
「大胆にいくのが持ち味。初心に帰って,自分らしく投げた」

T-岡田の激走は見ていて気持ちが伝わってくる内野安打でした。

そして,保谷さんはこの男にも声を掛けてくれたみたいで

1日遅れの弔い星が輝いた。
前日3日午後に青濤館寮長・保谷俊夫さん(享年62)が脳幹出血のため急死した。
全選手が左肩に喪章を着け,球場には球団旗が半旗で掲げられる中,
先発全員の13安打9得点で快勝。
2カード連続の勝ち越しで3位ソフトバンクとの差を2ゲームに縮めた。
 悲しみを乗り越えてグラウンドに立ったカブレラが
“亡き父”にささげる勝利への突破口を切り開いた。
 「保谷さんには本当にお世話になったんだ。突然過ぎてショックだった。とても悲しい…」
 打席ではありし日の温かい笑顔が目に浮かんだ。
だから勝ちたかった。
初回2死一塁,岩崎の初球直球を左中間へ先制の二塁打。
3点リードで迎えた2回2死満塁では左前へ2点適時打。
勝利の女神を呼び寄せた。
 2軍スタートとなった今年の宮古島春季キャンプでは
常に保谷さんが運転する車で宿舎から球場に移動。
また左脇腹痛で戦線離脱した5月は主に青濤館でリハビリ。
孤独なトレーニングが続く中,
「これを食べた方がいいぞ。大丈夫か!」。
誰よりも温かい言葉で励まし続けてくれた。
 敗戦を喫した前夜,岡田監督は「あしたは野手が奮起せなアカン!」とゲキを飛ばした。
選手たちは哀悼の心を勝利で表した。
「あしたは告別式があるからな。負けて行くよりもな。保谷さんのためにもな」と指揮官。
敵地で見事な鎮魂の勝利を飾った。
 ウイニングボールは試合後に福岡から帰神した選手会長の日高が,
宝塚市内の葬儀場で営まれた通夜に届けた。
日高は「選手の中で一番ボクが付き合いが長いはず,
選手の思いがこもったボールなんで自分が持ってきました」と遺族に手渡した。
きょう5日の葬儀・告別式には岡田監督も参列する。
全員が保谷さんに優勝を誓い天国へと見送る。

人一倍寂しがり屋のカブレラだからすごく大切な人だったんでしょう。

猛打賞3打点が弔いの証しだと思います。

そんな保谷さんの告別式等は

3日に脳幹出血で急死したオリックス球団本部管理部育成グループ副部長で,
青濤館寮長の保谷俊夫(ほうや・としお)さん(享年62)の通夜が,
4日午後7時から宝塚市内の斎場でしめやかに営まれた。
 オリックスの村山球団本部長,新井2軍監督,
中村勝広オリックス監督(スポニチ評論家),
元阪急の長池徳士加藤英司氏らが故人の冥福を祈った。
 新井2軍監督は「(この日)1軍も2軍も大勝するのは珍しい。
保谷さんが勝たせてくれたのだと思う」と話した。
福岡でのソフトバンク戦を終えた日高,大引,木佐貫オリックスから阪神に移籍した葛城ら200人が参列した。

勇者魂,青波魂を持った勇士をまたひとり失いました。




【写真は,喪章をなびかせて得意の鷹を退治した近ちゃん】